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リネンの最高峰 アイリッシュリネンの現実
最高品質のリネン生地はアイリッシュリネンとして、アイルランドで生産されてきました。フラックスという植物(上の画像は北フランス・ノルマンディー地方の畑)から湿式紡績(潤紡)によって細い上質な糸を作り出してきたのです。アイリッシュリネンの本質は、この糸にあるといえるでしょう。
ところが、今日アイリッシュリネンのふるさとアイルランドにはフラックス農場も、紡績工場も残っていません。北アイルランドのリスバーンにアイリッシュリネン博物館が残るのみです。アイルランド産の亜麻という、本当の意味でのアイリッシュリネンは存在しないのです。
アイリッシュリネン・ギルド
一方、アイルランドの生地メーカーによるアイリッシュリネン・ギルドという組合があります。今ではわずかな会社を残すのみですが、アイルランドで織ったリネン生地をアイリッシュリネンと呼んでいます。WEBサイトによると、原材料や紡績の場所に関係なくアイルランドで織られていることがアイリッシュリネンの条件とされていますから、生地の原産国として、これはアイリッシュリネンと呼んでいいでしょうが、WEBサイトには例外もあるかのように書かれていますので100%とは限らないようです。25番手や40番手のリネン生地であってもアイリッシュリネンと称されます。
アイリッシュリネン・ギルドに加盟する企業の製品はアイリッシュリネンを名乗ることができる、ぐらいに思った方がいいかもしれません。
25番手とか40番手は糸の太さを表します。数字が大きいほど細い糸になり、紡績の難度が上がります。ここでの番手は麻番手です。一般的な綿番手との換算は 麻番手÷2.8=綿番手となります。番手はこれ以外に毛番手があり、ポリエステル・ナイロンなどの合成繊維はデニールという単位を使います。デニールは番手とは逆に数字が小さいほど細い繊維になります。
アイリッシュリネンの本質をどこに見出すか
しかしながら、糸なのか、生地なのかというと「アイリッシュリネン」と呼ぶとき、その本質は糸にあるように私は思います。というのも、綿の生地の場合でも、どこで織られたか、というのはあまり大きな要素ではありません。産地・綿の品種・紡績の技術が織り上がった布の良さに直結します。かつてはエジプト綿を使い、スイスで紡績されたもの(スイスヤーン)が最高と云われました。(今日エジプト綿はかつてのような品質が得られないようになってしまいましたが)世界最高の海島綿をはじめスヴィンゴールド、スーピマ、新疆綿など、産地と品種で区別されます。
リネン麻についても同様に原材料と紡績技術が大きな要素を占めると考えられます。もちろんアイリッシュリネン・ギルドの生地も使用している糸が高品質のものであると思いますが。
フラックス本来の色はシルバーグレー(亜麻色)です。
かつて存在したアイルランド産のフラックスは、色が淡く独特のシャンパンゴールドに織り上がったといいます。そして、フラックス原料の良さと、紡績の技術で持って最高級リネンと称されたのです。その技術は140番手(下述)という極細番手の糸を作りだすものです。
そしてアイリッシュリネンのなかでも品質で名をはせたのがハードマンズ社でした。
リネンのロールスロイス アイリッシュリネンの最高峰・ハードマンズ社 しかし…
ハードマンズHerdmans社は1835年に設立されたアイリッシュリネンの紡績メーカーです。ヨーロッパでも有数のリネンの紡績メーカーでした。ハードマンズ社はそのリネンの品質の高さから「リネンのロールスロイス」とも云われたのです。
しかし、大量生産型の市場に合わすことができずに2004年にその歴史を閉じました。
今日、日本において高品質の代名詞としてアイリッシュリネンを名乗るルーツはハードマンズの名前に由来する、といってもいいでしょう。ハードマンズの名前を使うことにより、「アイリッシュリネン」は高品質のリネン生地として名前だけが残りました。つまり産地名表記というよりは、ブランド名として残ったのです。
一方、前述のアイリッシュリネンギルド加盟社のリネン生地も「アイリッシュリネン」として流通しています。決して間違いではありませんが、品質は様々で、結局、大切なのは名前より品質であると、私は常日頃思っています。
ハードマンズ社が建てた北アイルランドのサイオンミルの工場とその周辺は、今日歴史的な建造物として保存財団によって保全が勧められているようですが、2015年10月に火災に遭ってその後がわかりません。壊されてしまったという情報もあります。
サイオンミルの工場では何千人という人々が働き、そのための宿舎や学校をつくるなど、ハードマンズ家の人々は地域に貢献してきたのです。
Wikipedia(UK)に載っています。こちら
Youtubeにもハードマンズやサイオンミルの歴史の動画があります。
2018.9 追記
アイリッシュリネンも元々はアイルランド産のフラックスを使っていたそうですが、実際にはハードマンズ社も多くがフランスやベルギー産のフラックス原料を使っていたとのことです。
これはリトアニアにおいても、元々はリトアニア産のフラックスが多かったのが、品質の面から上質なフランス産に代わっていったということと共通しています。
ハードマンズSA SouthAfrica
ハードマンズ社は南アフリカのIDCという政府系の会社によって子会社となり、アイルランドのサイオンミルで使用していた17台の紡績機は南アフリカに移され、ハードマンズの名前で生産を始めました。これをハードマンズSAとします。(すでに会社は無いそうです)
技術の伝承で生まれ変わったハードマンズCHINA
一方、ハードマンズ家のライセンスを受け、その技術を移転してハードマンズは中国で甦りました。湿式紡績機そのもの自体はどこにでも手に入るものであり、問題は品質高いフラックス原料を調達するノウハウ、それを使って細番手の良質な糸を作るノウハウになります。そのノウハウを使って紡績されたものをハードマンズCHINAとします。
2つのハードマンズはどう違うのか?
現在、日本には南アフリカでハードマンズが使っていた紡績機を使って紡績したハードマンズと、中国でハードマンズの技術を導入して紡績したハードマンズの2種類が出回っているということになります。(南アフリカは無くなりましたので、新たに流通することはないと思われます)
ここで気をつけなければならないのは、糸の製造国と織布の製造国は必ずしも一致しません。原料は両方ともフランス産のフラックスを使っているそうですが、ハードマンズSAは紡績された糸を輸出しており、さまざまな国(おそらく日本も含まれる?)で製織されて生地になり、日本でハードマンズのリネンとして販売されています。ハードマンズCHINAは中国で紡績され、そのまま中国の工場で製織され日本へ輸入されるか、あるいは、糸を輸入して日本で製織されるかのいずれかです。
最初は南アフリカの方が良さそうに思えましたが・・・
リネンのプロに云わせると、結局、リネン生地は製織での差はほとんど出ないそうで、原料の品質と紡績技術(微妙なノウハウ)で決まるのだそうです。私の店では中国製の製品は環境面や安全面で十分でないものが多く、お客様も「中国製は・・・」という方が多いので、中国製品は可能な限り使わない方針です。(すべての中国製品がそういうわけではありません。ただ、安いけど素性の知れない怪しい製品が多いのも事実でしょう)
私はハードマンズといえば細番手の上質なリネン、というイメージを持っていましたが、日本で出回っているハードマンズの生地を見ると40番手ぐらいのものが多いのです。ジャケットなどは20~25番手の厚手が多いですね。それでも、オリジナルの紡績機を使っているのだから南アフリカの方が良いのだろうぐらい思ってました。
かつてあった南アフリカのハードマンズSAのサイトをみていると麻番手では14~66が出荷可能としていますが、実際出回っている生地を見ても40番手あたりが多いようです。60番手以上は難しいらしい、という情報も聞きました。
2018.9 中国訪問から追記
結局、南アフリカのハードマンズSAは満足な品質の糸を作ることができずに、会社は無くなってしまったとのことです。現在、イギリスのHerdmans本家とブランド契約を結び、ハードマンズの名前を使えるのはハードマンズCHINAのみです。
アイリッシュリネンと呼ぶなら、60以上の細番手の軽い生地にこそふさわしい
しかし、40番手のリネンなら糸の程度はともかく,正直どこにでもあります。アパレルでシャツを作るなら40番手ぐらいがちょうど良いと思いますが、40番手で布団カバーを作るとちょっと重いので、より軽いハイグレードなリネン生地が欲しいわけです。
ちなみに、掛カバーの重量を計ってみると、オリジナルの40番手リトアニアリネンは1150g、ハードマンズ60番手は855g、ハードマンズ80番手は785gです。(80番手が少し重いのは、生地巾の都合で継ぎが入るため)
新しく仕上がってきたアイリッシュリネン100番手だとカバー重量は620gと超軽量です。
一般的な40綿番手200本ブロード(この記事中の番手は全て麻番手です ちなみに綿の40番手は麻の112番手相当)のカバーで800~850gぐらいなので、40番手の麻では重いわけです。
さて、リネンでは一目置かれる地元滋賀県の林与さんには、30年以上前にハードマンズのサイオンミルで紡績された本物のアイリッシュリネン140番手の糸が残っていたそうです。140番手までとまでは行きませんが、せめて60とか80番手は普通に欲しいものです。
私の考え方としては、40番手ではアイリッシュリネンと称する意味がありません。140番手の糸を作ったものと同じ生産設備を使って、66番手が精一杯という理由はなになのか、それは、使用しているフラックス原料のグレードと紡績技術者のスキルの問題ではないかと思われます。実際リトアニアの工場で60番手の生地を織ってみたことがあるのですが、毛羽が多く使い物になりませんでした。
ただ同じ40番手でも、ハードマンズの生地は非常に毛羽が少ないのが特徴です。これは、ハードマンズではフラックスのハックリング工程でできる短繊維のリネン素材は一切使わないなど、徹底した素材と製品管理ができているからです。リネン糸価格が高騰する中で、短繊維を混ぜたコストの安いリネン麻糸を使った生地は毛羽が多くなるのも当然でしょう。
ハードマンズCHINAは60番手と80番手、そして100番手まで揃います。それ以外の25番手、40番手の生地も扱っておりますが、アイリッシュリネンとは謳わず、ハードマンズ フレンチリネンと標示します。
以前に帝国繊維さんの展示会ブースで120番手というのを見かけましたが、こちらはイタリア紡績らしいです。(今では手に入るかどうかということらしいです。ハードマンズCHINAも100番手の糸や生地は残り少なく、毎年定期的に確保できるかというと、非常に難しいとのことです)
実際にハードマンズのネームタグは 60番手以上がゴールド、それ未満はシルバーと明快に分けられています。
前出の140番手という糸がどれだけ凄いかということでしょう。これがアイリッシュリネンの本来ではないかと思います。
(2018.9 追記)
今年は非常に良いフラックスの原料が手に入ったので、100番手ができるだろうとのお話でした。
アイリッシュリネンの生地が生まれるまで
本来のアイリッシュリネンの品質に近いのはハードマンズCHINA
結局、中国で作っているという製造地に対する先入観をのぞけば、最もグレードが高いのがハードマンズCHINAでした。私どもでは、この製品を扱っています。
現在私の店で使用しているハードマンズの生地は100番手、80番手、60番手、40番手の4種類。100番手の白と80番手の新しいバージョンは日本製、その他は中国製で、オリジナルの60番手については染色についても日本で行っています。実際に使用しても、毛羽立ちが非常に少なく、さすがアイリッシュリネンといえる仕上げと快適な肌ざわりです。
以前にリトアニア・シウラス社でも60番手のオリジナル生地を作ってもらいましたが、毛羽が多くて使い物になりませんでした。何故なのか、その理由はリネン農場を訪れて理解することができたのです。この痛い経験から、ハードマンズの生地は中国で製造されていますが、その名にふさわしい非常に高いレベルの生地であると断言できます。結局、原材料と技術がものを云うということでしょう。
(2018.8追記)
今まで、ハードマンズ社の生地は中国で製織されたものがほとんどでした。今回、100番手を追加するにあたり、国内製織に切り替えています(白色が日本製)。さらに、アパレル向きで130cm巾しかなくカバーを作ると接ぎが入ってしまうアイリッシュリネン80Sは、今回オリジナルで75インチ織機を使い、158~160cm巾で仕上がるオリジナル生地を日本の工場で製織しました。
悩ましい製品名の表記
ただ、実際に悩ましいのは製品名の表記です。フラックスの原料産地を称するのか、紡績した産地を称するのか、製織して布にした産地を称するのか、差別化もあってなかなかやっかいです。
というのも、業界ではしばしば「フレンチリネン」という表記が低価格品にも見られます。フランス産なら良いのだろう・・・と思ってしまいますが、ヨーロッパ産のフラックス原料は世界の生産量の80%を占めていて、さらにその内訳はフランス(約80%)・ベルギー(約15%)・オランダ(約5%)となっていて、それ以外にはリトアニア、ウクライナ、中国等で栽培されているものの品質が悪く、実際40番手以上の生地ならフレンチリネンが当たり前という状態です。紡績と製織はほとんどが中国で行われているので、中国リネンではブランド価値が得られにくいということがあるのでしょう。素材の原産国を表示しています。綿も海島綿とかエジプト綿などといいますから、決して間違いではありません。
実際にフランスの農場や加工場に行って調べましたが、フレンチリネンといっても実に10段階の品質レベルに分けられることを確認しています。フレンチリネンという名前で良いものと勘違いしてはならないのです。厳密に言うと、紡績されてリネンというので、フレンチリネンではなく、原料としてのフレンチ・フラックスというべきでしょう。
リトアニア・シウラス社で織っているオリジナル生地は、原料はフランスです。その理由はリトアニアのリネンは品質のばらつきが多いので、安定しているフランス産原料を使うとのことでした。シウラス社はマスターオブリネンに認定されている企業ですが、そこでも60番手クラスの細番手は紡績できても毛羽が多く、使い物になりませんでした。
アイリッシュリネンを称するかどうかは、さらに微妙です。アイルランドで作られた本物のアイリッシュリネンは無いのですから。ブランド価値として残っているだけです。
眠りのプロショップSawadaの現在の表記ルール
いろいろ迷いましたが、次のように統一することにいたしました。
アイリッシュリネンについては、ハードマンズの伝統と品質を表す100番手、80番手、60番手のハードマンズの糸を使った生地について次の用に表記します。
「ハードマンズ・アイリッシュリネン100」「ハードマンズ・アイリッシュリネン80」と「ハードマンズ・アイリッシュリネン60」というハードマンズに続けての名前を与えてブランド表記とします。原料:フランス、紡績:中国、製織:日本、または中国です。
ハードマンズの糸を使った40番手、25番手の生地はハードマンズブランドを使える良いレベルですが、これには「ハードマンズ・フレンチリネン」の名称を付けています。
リトアニア・シウラス社の生地は「リトアニア・リネン」と呼びます。原料はフランス、紡績と製織がリトアニアです。
国内(主に滋賀県東近江市)で製織した生地については「国産リネン」と呼びます。この場合、原料はフランス、紡績は中国で、製織が国内であることがほとんどです。
ブランド価値の与え方を含めて、世の中にはいろいろな呼び方のリネン生地があることはご理解いただけましたでしょうか?
やっかいですね。私たちもどう表記して良いものやら、いまだに悩んでいます。突き詰めれば良いものか、そうでないかという単純な話なのですが・・・。単純に眠りのプロショップSawadaクオリティの60番手、80番手、100番手と称するべきなのでしょう。それでも10年以上リネンを探求してなんとかここまでたどり着きました。
60番手と80番手、100番手のリネンカバーやシーツは非常に使い心地が良い素材です。今年の冬は80番手リネンカバーで過ごすことができました。夏用に思われますが、細番手の素材は熱が生地に奪われることなく、布団へすばやくたどり着くのです。
ハードマンズリネン製品のラインアップ
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